東京地方裁判所 平成9年(ワ)17245号 判決 1999年8月30日
甲事件原告
外間孝二
被告
長谷川眞砂美
ほか一名
乙事件原告
外間孝二
被告
有限会社オート・クラフト
主文
以下、甲事件・乙事件を「原告」、甲事件被告長谷川眞砂美を「被告眞砂美」、甲事件被告長谷川裕孝を「被告裕孝」、乙事件被告を「被告オート・クラフト」という。
一 被告らは、原告に対し、連帯して金四〇万五六九四円及びこれに対する平成一〇年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告眞砂美及び被告裕孝は、原告に対し、連帯して金七万三一三五円を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、三〇分の一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告眞砂美及び被告裕孝は、原告に対し、連帯して金一三三六万六五四三円及びこれに対する平成六年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告オート・クラフトは、原告に対し、金一三三六万六五四三円及びこれに対する平成一〇年五月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、四車線道路の第一車線(最も歩道寄りの車線)内の右寄りを走行していた原付自転車が、第一車線に駐車車両が存在していたところへ、普通乗用自動車が第三車線から第二車線へ進路変更してきたことにより進路が狭まったとして、駐車車両の後部に衝突した交通事故について、負傷した原付自転車の運転者が、車線変更してきた自動車の運転者及び所有者と、自動車を駐車させていた自動車修理業等を営む会社に対し、損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 発生日時 平成六年八月二五日午後三時二五分ころ
(二) 事故現場 東京都世田谷区太子堂二丁目一二番地先路上
(三) 事故車両 原告が運転していた原動機付自転車(世田谷区は七五八二一、以下「外間車両」という。)と、被告裕孝が保有し、被告眞砂美が運転していた普通乗用自動車(品川三七さ四七六〇、以下「長谷川車両」という。)及び被告オート・クラフトが業務上保管していた普通乗用自動車(習志野五四ぬ六二五六、以下「オート・クラフト車両」という。)
(四) 事故態様 原告が、事故現場の道路の第一車線を走行していたところ、そこは、終日駐車禁止規制がなされていたが、進行方向前方にオート・クラフト車両が駐車してあった。そして、長谷川車両が第三車線から第二車線に進路変更したところ、外間車両は、オート・クラフト車両の後部に衝突した。
2 責任原因
被告裕孝は、長谷川車両を保有し、自己のために運行の用に供していた。被告眞砂美には、本件事故の発生について過失があった(過失の具体的内容については若干の争いがある。)。したがって、被告裕孝は、自賠法三条に基づき、被告眞砂美は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
3 既払
被告眞砂美は、原告に対し、本件事故に基づく損害として一二六万八三二一円を支払った(後に、原告の損害額で検討するとおり、原告は、この既払額の一部を未払額として請求している部分があるが、その余は当初から除外して請求をしている。)。
二 争点
1 被告眞砂美及び被告オート・クラフトの責任原因、原告の過失相殺
(原告の主張)
被告眞砂美は、事故現場手前のオーバーパスを通過してそのまま第三車線に入り、おりから、前方の第一車線上には、オート・クラフト車両が違法駐車されていた上、そのため、外間車両が第一車線内の第二車線寄りを走行することを余儀なくされていたにもかかわらず、それに気づかず、合図をすることなく、いきなり左斜め前方に進路を変更し、外間車両の進路を妨害した過失がある。
被告オート・クラフトは、車両の修理等を業としており、終日駐停車禁止規制がなされている事故現場に、業務上保管する客所有のオート・クラフト車両を漫然と駐車したまま放置し、被告眞砂美の過失と相まって、外間車両の進路を妨害する状態を作出した過失がある。
(被告眞砂美及び被告裕孝の主張)
被告眞砂美が進路変更の際に合図をしなかったことは否認するが、過失があったことは否定しない。しかし、原告にも次のとおりの過失がある。
原告は、オート・クラフト車両の手前までは第一車線の左側寄りを走行すべきであったのに(道路交通法二〇条)、その右端を走行していたのは非常に危険な行為である。また、仮に、長谷川車両が、第二車線のもっとも左側に進路変更したとしても、オート・クラフト車両との間には、一・四メートル弱の間隔があったのであり、原付自転車の制限速度が時速三〇キロメートルであることをも考慮すれば、原告が、この速度を遵守していれば、十分に右の間隔を通過することができたはずである。それにもかかわらず、外間車両が、オートクラフト車両に追突したことからすると、原告が、長谷川車両の進路変更に過剰反応したか、あるいは制限速度を超過する速度で走行していたため、適切なハンドル操作ができなかったものと考えられる。
このように、原告には重大な過失があり、七〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
(被告オート・クラフトの主張)
被告オート・クラフトは、修理車両の入換え等のために、オート・クラフト車両を一時的に事故現場に駐車したもので、極めて短時間の駐車で終了するはずであったから、違法性は極めて乏しいもので、不法行為責任を負うようなものではない。
2 原告の後遺障害の有無及び程度
3 原告の損害額
第三争点に対する判断
一 被告眞砂美及び被告オート・クラフトの責任原因、原告の過失相殺(争点1)
1 前提となる事実、証拠(甲一三[一部]、乙一の1・2[一部]、二[一部]、丙一~四、原告本人[一部]、調査嘱託の結果)によれば、本件事故の態様について、次の事実が認められる。
(一) 事故現場は、国道二四六号線の瀬田方面(南西方向)から渋谷方面(北東方向)へ向かう車線上である。世田谷通りと玉川通りが合流する交通頻繁な市街地の平坦なアスファルト道路であり(世田谷通りからの二車線が第一、第二車線に、玉川通りのオーバーパスからの二車線が第三、第四車線となって合流していた。)、四車線になって約三〇メートルほど渋谷方面に進行した地点である。事故当時の天候は晴れで路面は乾燥していた。事故現場付近の車線の幅員は、第一車線から順に三・〇メートル、三・二メートル、三・七メートル、三・三メートルであり、午前七時から午前九時三〇分までは駐停車禁止(但し、人の乗降及び日祝日を除く。)、その余の時間は駐車禁止の規制がなされている。また、事故現場付近の前後方の見通しは、いずれも良好である。
(二) 原告は、平成六年八月二五日午後三時二五分ころ、外間車両(幅六五センチメートル)を運転し、世田谷通りの第一車線を渋谷方面に向かっていた。路上には駐車車両が存在したため、外間車両は、第一車線内の右側寄りを走行して事故現場手前に差し掛かった。そして、外間車両の前方には、第一車線の左端に寄せて、オート・クラフト車両が駐車されていた。オート・クラフト車両は、被告オート・クラフトが、修理のため顧客から預かった車両であった。被告オート・クラフトは、自動車の販売、修理等を扱っており、事故現場付近に事務所兼修理工場を有していた。事故当時は、この修理工場に修理車両を入れ換えるために、オート・クラフト車両を第一車線に駐車させていたため、第一車線の通行可能な幅員は、第二車線寄りに約一メートルほどになっていた。
他方、被告眞砂美は、長谷川車両を運転し、玉川通りを渋谷方面に向かって進行し、オーバーパスを通過して世田谷通りと玉川通りの合流地点に到達した。長谷川車両は、オーバーパスを進行方向に向かって左側の車線を進行してきたたため、合流後の第三車線に入ったが、前方が渋滞していたため、いったん停止した。そして、被告眞砂美は、第二車線に進路を変更しようと考え、合図をすることなく急に進路を変えて、斜めに第二車線に進入した。
(三) 原告は、渋滞で停車していた長谷川車両の左後方に第二車線を挟んで接近した結果同車両に気がついたが、それとほぼ同時に長谷川車両が第二車線に進入してきたため、原告は、オート・クラフト車両と長谷川車両に進路を塞がれるように感じた。その瞬間、驚いて急にハンドルを左に切ったため、オート・クラフト車両の右後部に衝突した。
被告眞砂美は、進路変更する際、第一車線内の右側寄りを走行してくる外間車両に気がつかず、後方でガチャンと音がしたため、車両が衝突したと思って長谷川車両を停車させて降車した。そして、転倒している外間車両に初めて気がついた。
以上の事実が認められる。
この認定事実に対し、原告は、当初は第一車線内の左側寄りを走行していたが、オート・クラフト車両が駐車されていたので、第一車線内の右側寄りに進路を変更したと供述する(原告本人)。また、進路を変更したか否かは定かでないものの、駐車されていたオート・クラフト車両を避けるために、第一車線内の右側寄りを走行していたとする陳述書(甲一三)も存在する。
原告が、当初は第一車線内の左側寄りを走行していたとすれば、事故現場手前において、路上駐車していた車両は存在しなかったと思われるのに、原告が、他方で、そうした車両の存否について、覚えていないと供述していること(原告本人)に照らすと、右のように進路を変更した旨の原告の供述はたやすく採用できない。そうとすれば、右の陳述書のうち、第一車線内の右側寄りを走行していた理由が、オート・クラフト車両を避けるためであるとする部分もたやすくは採用できない。
他方、被告裕孝及び被告眞砂美は、長谷川車両が、第三車線から第二車線に進路変更をした際、合図を点灯させたとする証拠(乙一の2、二)がある。
しかし、これに反する原告本人の供述に、不自然といえるほどの問題を見い出せない以上、反対尋問を得ていない右の各証拠の内容は、ただちには採用できない。
2 1の認定事実を前提に、被告眞砂美及び被告オート・クラフトの責任原因について判断する。
被告眞砂美は、駐車されていたオートクラフト車両を認識することができ、これを回避するために第一車線から第二車線側へ膨らんで走行する車両の存在を予測できたといえるから、第三車線から第二車線に進路を変更するに際しても、第二車線を走行してくる車両のみならず、第一車線を走行してくる車両の動静をも確認し、かつ、合図を出して進路変更をする注意義務があった。ところが、被告眞砂美は、これを怠り、第一車線内を第二車線寄りに走行してくる外間車両の存在に気づくことなく、漫然と合図を出さずに第二車線に進路を変更した過失がある。
被告オート・クラフトについては、駐車禁止規制に違反して道路に車両を駐車したとしても、後方から走行してくる車両は、駐車車両を認識することができるから、道路交通法違反になるのはともかく、それだけで当然に過失があるとはいえない。しかし、事故現場は、世田谷通りと玉川通りが合流する車線も交通量も多い場所である上、事故当時は、第三車線が渋滞していたほどであるから、被告オート・クラフトは、第一車線上に駐車すれば、車両の走行できる幅員を著しく狭め、他の車両間の接触事故や、それを回避するためにオート・クラフト車両に接触あるいは衝突する事故の発生を十分予見することができたということができる。したがって、被告オート・クラフトは、事故現場への駐車を避け、それらの事故が発生しやすい状況を作出しないようにする注意義務があったというべきである。ところが、被告オート・クラフトは、これを怠り、第一車線上にオート・クラフト車両を駐車して第一車線上の走行可能範囲を狭めた過失がある。
そして、この被告眞砂美及び被告オート・クラフトの過失が競合した結果、外間車両の進路が現実に相当程度狭められた上、原告に対し、それがさらに狭められるかのように思わせる状況を作出し、本件事故を発生させたのであるから、被告眞砂美及び被告オート・クラフトは、民法七一九条一項前段、七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
他方、原告も、オート・クラフト車両が駐車されていることにより、第一車線の走行可能な幅員がかなり狭まっていたことを認識していたのであるから、交通量の多い道路の合流地点を走行するに際しては、十分に減速をするとともに、他の車両の動静を適切に把握し、不測の事態にも対応できるように安全に運転をする注意義務があったということができる。ところが、原告は、これを怠り、十分に減速をすることなく漫然と走行し、二車線隣りの車線から隣接車線に進路変更してきた長谷川車両の動きに対し過剰に反応してハンドルを左に切り、オート・クラフト車両に衝突した過失がある。
この過失の内容、本件事故の態様等の事情を総合すると(本件は、自動車と原付自転車という元来危険性の程度が異なる車両間の事故であり、また、被告眞砂美及び被告オート・クラフトの過失により、原告の進路が急に狭められたことは問題ではある。しかし、他方、長谷川車両は、外間車両が進行していた車線上に進入したのではなく、外間車両の進路は、通過できないほどに狭められたわけでもない。そして、オート・クラフト車両は駐車されていて、原告は、その存在を事前に認識していたのであるから、むしろ、原告が、現場の状況に合わせて十分に減速し、かつ、過剰に反応しなければ、本件事故は、比較的容易に回避することができたと考えられる。したがって、原告の過失以上に、被告眞砂美及び被告オートクラフトの過失を重視するのは相当でない。)、原告の過失割合は六〇パーセントとするのが相当である。
二 原告の後遺障害の有無及び程度(争点2)
1 証拠(甲四、五、七、八、一一~一三、一五の1~3、一六の1・2、一八、乙三~一〇、原告本人、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、事故後、東京都世田谷区内にある古畑病院に救急車で搬送され、X線検査などを受けた結果、左膝及び右手の擦過打撲、腰椎捻挫、頸椎捻挫の診断を受けてそのまま入院した。ジャクソンテスト及びスパーリングテストの結果は左がいずれも陽性であり、神経根症状を伴うとの診断であった。
原告は、頸部痛、腰痛及び時々の頭痛を訴え、平成六年九月二九日まで三六日間入院した。そして、退院後も、同年一〇月五日から古畑病院に通院し、平成七年三月三〇日までに合計八八日通院加療を受けた。
また、原告は、この間、平成六年一〇月一五日、太田クリニックにおいて、感冒及び扁桃炎で診察を受けた際、頸肩腕痛を訴えたため、これについて、同年一一月九日までの間に合計五日治療を受けた。頸椎X線検査の結果、第四、第五、第六頸椎の椎間孔の狭小化が認められ、神経痛が増悪する傾向にあったため、太田クリニックの太田修院長は、大病院で精密検査を受けるように勧めた。
(二) 原告は、平成七年四月八日から同年五月八日まで郷里の長崎市に帰省し、 中国林揚鍼灸院とさわやか健康会で、鍼灸や気功の治療を受けた。その後、東京に戻り、平成七年九月と一一月に合計二日財団法人世田谷区保健センターに通院し、MRI検査を受けたが、異常はなかった。そして、平成八年四月一三日、古畑病院の古畑正医師から後遺障害診断書を作成してもらった。この診断によれば、原告の症状は平成七年四月七日に、自覚症状として、左手足のしびれ、左頸部痛、頭痛、頭重、耳鳴りが残存して固定したとのことであり、他覚症状及び検査結果としては、先のジャクソンテスト及びスパーリングテストの結果と、握力が右四八キログラムであるのに対し、左三五キログラムであることが指摘されている。
原告は、その後、頸肩痛及び頭痛を訴え、平成九年二月二一日から代官山整形外科医院に通院するようになった。X線検査の結果、第六及び第七椎間の狭小、第四及び第五椎間孔、第五及び第六椎間孔の各変形がそれぞれ認められ、神経学的にも、ジャクソンテストは陽性で、スパーリングテストも左側が陽性であり、理学療法、神経ブロックなどの治療を受けた。そして、平成一〇年二月三日、同医院の周哲男医師から、傷病名として変形性頸椎症及び左知覚鈍麻、自覚症状として頸肩痛及び左上肢のしびれが認められるとの後遺障害の診断を受けた(この診断日までに合計一七日通院した。)。周医師によれば、他覚症状及び検査結果としては、先のジャクソンテスト及びスパーリングテストの結果のほかに、左拇指、示指、中指、環指及び小指にわずかな知覚鈍麻、左屈及び左施にわずかな運動障害がそれぞれ認められ、僧帽筋、頸筋の筋緊張が強く、棘上筋腱部の圧痛も強く認められたが、上肢の筋力低下は不明で握力も正常であるとのことであった。また、自覚症状は、交通傷害によって誘発されたものも考えられ、それを否定できないが、頸椎に変形があるため症状が長引いているとのことであった。なお、周哲男医師は、平成一一年六月二四日、原告には腰痛があり、椎間板障害によるものと考えられるとの診断もしている。
(三) 原告は、右の診断を前提に後遺障害の事前認定を受けたが、平成一〇年三月三〇日、自動車保険料率算定会新宿調査事務所の認定は、非該当であった。非該当となった根拠は、画像検査において異常所見の診断が見られない上、特段、反射所見等の神経学的所見に異常があるとの診断もなく、愁訴が主体であるが、この自覚的症状を説明する有意な所見にも乏しく、事故状況や治療経過等を総合すると、自賠法上の後遺障害には該当しないというものであった。
(四) 原告は、本件事故当時、東京都渋谷区代官山に所在する地中海料理の店でフロアボーイとして修行し、ワインのことなどをマスターしながら受付や会計の見習いをしていた。ところが、本件事故後は、大皿を持ったり、料理の取り分けをしたり、下を向いての作業をしたりする場合など、客へのサービスに支障が生じた。平成九年四月末には、この店舗を辞め、花屋に勤務することになった。そして、平成一〇年四月より、フランス風中華料理店で、ホールスタッフとして、立ったままの仕事をしている。
2(一) 原告は、残存している頸部、手足、腰の症状は、本件事故により、頸椎及び腰椎に器質的損傷を受けたことが原因である上、さらに、事故前に両眼とも二・〇であった視力が、右が一・二、左が〇・六に低下し、乱視にもなっており、これらを総合すると、自賠法施行令二条別表の一二級相当の後遺障害に該当すると主張する。
しかし、視力低下や乱視については、症状の存在及び事故との因果関係を認めるに足りる証拠がない。そこで、1で認定した事実を前提に、頸部、手足、腰の症状について判断する。
(二) まず、頸椎については、椎間の狭小化や椎間孔の変形が認められるものの、これらの変化自体が外傷によるものであることを裏付ける検査結果あるいは診断内容はない。かえって、代官山整形外科の周哲男医師が、自覚症状が交通傷害により「誘発」されたことを否定できないと診断しているに止まり、右の変形が交通傷害により生じたとまでは診断していないこと、頸椎に変形があるために症状が長引いていると診断していること、診断名が非炎症性といわれる変形性頸椎症であることを総合すると、頸椎の変形自体は交通外傷によるものではない可能性が高いということができる(自賠責調査事務所による事前認定は、その日付からすると、代官山整形外科の診断をも参考にしてなされたと推認できるが、それにもかかわらず、自覚的症状を説明する有意な所見に乏しいと判断されていることも、右を裏付けるものである。)。しかし、事故態様は軽微であるとはいえないこと、原告が、本件事故前から頸部痛や上肢のしびれなどを発症していたことはうかがわれないこと、事故直後から主訴の内容は概ね一貫していることからすると、少なくとも、頸部痛及び上肢のしびれは、本件事故を契機として現れたものと判断することができる。したがって、これらの症状は本件事故と相当因果関係がある(なお、頭痛、頭重、耳鳴りについては、それが残存している原因が必ずしも明らかでなく、本件事故と相当因果関係を認めるに足りない。)。
次に、腰椎については、古畑病院における後遺障害の診断において指摘された下肢のしびれと、代官山整形外科病院が、平成一一年六月二四日に診断した腰痛が、これに関連する症状ではないかと推測させるものである。そして、周哲男医師は、腰痛は、腰椎に存在する椎間板障害に起因するとの意見を有している。しかし、この椎間板障害の内容及びこれを裏付ける検査所見はいずれも明らかでなく、この障害が交通傷害により直接生じたものであるか否かについても明らかでない。したがって、下肢のしびれと腰痛については、本件事故と相当因果関係を認めるに足りない。
(三) 右のとおり、頸部痛及び上肢のしびれは、その発症機序について、一応の説明がつくこと、しかし、それは、外傷による頸椎の器質的変化に基づくものではなく、外傷により誘発されたものと考えられること、非外傷性の頸椎の変化は認められるものの、それによる脊髄の圧迫は認められないこと(ジャクソンテストやスパーリングテストは陽性であるが、MRI検査では異常はなく、その他の神経学的所見も明らかでない。)、医師も頸椎の変形(これが外傷性のものでないことは、既に検討したとおりである。)があるために症状が長引いていると考えられるとの見解を示していること、平成一〇年の四月からは、事故当時の仕事内容に近い仕事に復帰していることを総合すれば、本件事故と因果関係がある原告の症状は、これに頑固性を認めるには足りず、自賠法施行令二条別表第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当し、症状固定時(頸部痛及び上肢のしびれに関しては、古畑病院が診断した症状固定日以降、それほど変化は見られないので、平成七年四月七日には、症状が固定したと判断するのが相当である。)から五年間、五パーセントの限度で労働能力を喪失したと判断するのが相当である。
四 原告の損害額(争点4)
1 治療費(請求額九万九六六〇円) 七一〇円
(一) 原告は、古畑病院での治療費のうち、平成七年二月一五日から同年四月七日までの分である九四六〇円が未払であると主張する。
しかし、古畑病院への治療費(文書料)として、被告眞砂美から原告に対し、すでに三八万八九〇〇円が支払われており(争いがない)、これは、古畑病院での平成七年三月三一日までの治療分である(乙三ないし五)。
したがって、同年四月七日までの治療費のうち、被告の未払分は、同年四月一日以降の分のみであり、これは合計七一〇円である(甲一四の32~35)。
(二) 原告は、世田谷区保健センターでのMRI検査費用として五万円が未払であると主張する。
しかし、原告は、そもそも、世田谷区保健センターへの二回の通院において、MRI検査費用を含めて合計五六九〇円しか負担していない上(乙七)、これは、すでに被告から支払済みである(争いがない)。
したがって、右の主張は認められない。
(三) 原告は、長崎市に帰省した際に通院した中国林楊鍼灸院とさわやか健康会での治療費として四万〇二〇〇円を主張する。
しかし、これらは、鍼灸及び気功による治療であり、医師の指示があったと認めるに足りる証拠はないし、また、症状固定後の治療でもあるから、いずれにしても、本件事故と相当因果関係は認められない。
2 通院交通費等(請求額三万八五六〇円) 二二七〇円
原告は、平成七年三月二七日から同年五月八日までの通院のタクシー代と帰省のための航空機代として、合計三万八五六〇円を負担したと主張する。
まず、同年四月八日以降の通院交通費は、症状固定後のもので本件事故と相当因果関係は認められず、また、航空機代については、そもそも長崎市までの帰省が本件事故と相当因果関係があると認めるに足りる証拠はない。
次に、同年三月二七日から同年四月七日までのタクシー代については、同年三月二七日、三〇日、三一日、同年四月七日の四日間についてタクシーを使用し、合計三三二〇円を負担したことが認められるが(甲一七の1~4)、そのうち、同年三月三一日(一〇五〇円、甲一七の3)は、古畑病院に通院しておらず(乙五)、他の病院に通院したと認めるに足りる証拠はない。
したがって、右の四日のうち、同年三月三一日を除いた三日分のタクシー代として、二二七〇円を認める。
3 入院雑費(請求額三万六〇〇〇円) 三万六〇〇〇円
原告は、入院雑費として、一日あたり一〇〇〇円の三六日分として、三万六〇〇〇円が認められる(争いがない)。
4 逸失利益(請求額八四一万九三二三円) 七五万二七三八円
原告の本件事故前一年間の収入は、三四七万七三三二円であった(甲六の2)。そして、すでに検討したとおり、原告は、本件事故に基づく後遺障害により、五年間の限度で五パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当であるから、年間三四七万七三三二円を基礎収入とし、ライプニッツ方式(係数四・三二九四)により中間利息を控除すると、七五万二七三八円(一円未満切り捨て)となる。
3,477,332×0.05×4.3294=752,738
5 慰謝料(請求額三五七万三〇〇〇円) 二〇〇万円
原告の負傷内容、入通院の経過、後遺障害の内容及び程度など一切の事情を総合すると、原告の慰謝料としては、二〇〇万円を相当と認める。
6 過失相殺及び損害のてん補
本件事故に寄与した原告の過失割合は六〇パーセントであるから、1ないし5の損害合計額である二七九万一七一八円に、既払額である一二六万八三二一円を加えた損害総額四〇六万〇〇三九円から、この過失割合に相当する額を控除すると、一六二万四〇一五円(一円未満切り捨て)となる。
この額から、既払分である一二六万八三二一円を控除すると、損害残額は、三五万五六九四円となる。
7 弁護士費用(請求額一二〇万円) 五万円
審理の経過、認容額などの事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、五万円を相当と認める。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、四〇万五六九四円と、被告眞砂美及び被告裕孝に対しては、平成六年一〇月四日(不法行為の日)から支払済みまで、被告オート・クラフトに対しては、平成一〇年五月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで、いずれも、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお、遅延損害金のうち、被告眞砂美及び被告裕孝のみが連帯して負担する平成六年一〇月四日から平成一〇年五月一二日までの三年と二二一日分は、七万三一三五円(一円未満切り捨て)となる。)。
(裁判官 山崎秀尚)